メディアドゥの戦略 〜電子書籍取次と電子図書館基盤のこれから

2014年11月16日 / レポート

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text: 中島由弘(Yoshihiro Nakajima)/OnDeck編集委員
2014年11月16日

脚光を浴びる電子書籍取次事業

電子書籍の流通基盤を語るとき、アマゾンのキンドル、アップルのiブックストア、楽天のコボをはじめとした電子書籍小売店に注目が集まる。しかし、その背景には電子書籍取次という卸業者が存在していることはあまり知られていない。電子書籍取次を営む事業者は何社かあるが、なかでもつぎつぎと事業を拡大することによって存在感を増しているのがメディアドゥである。その名前が知られるようになったのはLINEマンガへのコンテンツ取次、そして今夏に発表した米国の月額定額制購読サービス提供事業者のスクリブド、そして米国電子書店流通事業者のオーバードライブとの提携だ。

メディアドゥはこの11月上旬に日本電子出版協会で事業を説明する講演を、その後、図書館総合展では図書館関係者向けに電子図書館向け配信サービスの事業内容の説明を行った。この記事ではこの二つのプレゼンテーションの内容をもとにして、メディアドゥの提供するサービスを紹介し、電子書籍流通の戦略を紹介する。

着メロから電子書籍へ事業を拡大

メディアドゥの前身は1996年に現社長が創業したフジテクノ、そして1999年に創業したメディアドゥで、両社は2001年に2社を合併して現在のメディアドゥとなった。当初はフィーチャーフォン向けに着うたのコンテンツ配信事業を行っていたが、2006年から電子書籍の配信事業を開始している。また、2013年には東証マザーズに上場を果たしている。

電子書籍配信事業の責任者であるメディアドゥ取締役事業統括本部長の溝口敦氏はNTTドコモでコンテンツ流通事業に携わっていた人物だ。メディアドゥの社是は「ひとつでも多くのコンテンツを、ひとりでも多くの人に届けること」だとし、それを実現するために、デジタルコンテンツ配信の黒子としての役割を果たすことはもちろん、電子書籍市場の拡大のためのより積極的なチャレンジもしている。

その一例として、フィーチャーフォンで着メロや着うたが成功した理由、そして、スマートフォンではゲームが大きな成功をした理由を考察し、デバイス特性とそれに適合するコンテンツやサービスのあり方を積極的に模索しているという。これは従来のコンテンツやサービスを異なったデバイスに移植しただけではなく、そのデバイス特性や利用場面に合わせてフィットさせたことが成功の要因であると分析している。また、消費者が読書に使う時間が年々減少しているという統計から、その理由を他のメディア、たとえばインターネット上のSNSなどのサービスやゲームに奪われていることだという。そして、それが出版市場全体の縮小につながっていると分析している。この他のメディアに奪われた時間をいかに取り戻すかということが電子書籍のビジネスの本質だという。

こうした分析をふまえ、出版社や電子書籍書店と協力して、すでに新刊の同時発売、1巻無料販売、全巻無料販売などの施策を実施し、売り上げを増大させたという結果を出しているという。また、今後は「探す」「買う」「読む」がよりスムーズになるように工夫し、スマートフォンという読書環境によりフィットしたサービスも電子書籍書店と検討していくという。こうした施策を電子書籍書店や出版社の双方に対して提案できるのは、両者を顧客としている取次店というポジションにあるからこそできることだろう。

さらに、配信技術に関しても、サービスが停止しない安定性を維持することはもちろんのこと、今後のコンテンツ量の増大に備え、CDN(Content Delivery Network)技術と配信データベースとの新たな組込み開発をCDNベンダーとともに行うことなどにも取り組んでいる。

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写真1:日本電子出版協会で講演する株式会社メディアドゥ 取締役事業統括本部長 溝口敦氏

 

電子書籍取次の役割

電子書籍取次は出版社と電子書籍書店のあいだに位置し、出版社から預かったコンテンツ(具体的には電子書籍形式のファイルやメタデータ)を電子書籍書店向けに提供をする。提供するという意味には二つあり、一つは電子書籍書店向けにはコンテンツそのものを受け渡すということ、もう一つはメディアドゥのサーバーに蓄積されているファイルへのアクセスを電子書籍事業者に提供するものである。消費者からみると、電子書籍ファイルのダウンロードは電子書籍書店で購入しているが、ダウンロードしているのはメディアドゥのサーバーから行われている。

このように中間的な役割が存在することで、出版社は複数の電子書籍書店と個別のファイルのやりとりをしたり、電子書籍書店ごとの販売実績を集計したりしなくても、こうしたサービスも電子書籍取次が代行してくれるというメリットがある。電子書籍書店側からみると、多数の出版社とのやりとりをしなくても、ストアフロントだけを用意すれば、メディアドゥとの契約によって、コンテンツの獲得、配信システム、売り上げ管理、課金決済、分析などの電子書籍書店の事業を行う上での各種サービスを受けられるメリットがある。出版社は上位十数社で市場シェアの過半数を占めるが、出版業界全体となると数百とも数千ともいう出版社が存在している。もちろん、出版社と電子書籍書店が直接の取引をするよりも経済的なオーバーヘッドは発生するが、出版社も電子書籍書店もそのための人員やシステムを維持するよりも効率化ができるわけだ。米国ではデジタルアセットディストリビューター(DAM;Digital Asset Distributor)と呼ばれていて、その大手としてはイングラムの名前が挙げられる。

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写真2:電子書籍流通におけるメディアドゥの位置づけ(出典:メディアドゥ社プレゼンテーション資料から)

 

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写真3:メディアドゥが提供するサービス(出典:メディアドゥ社プレゼンテーション資料から)

 

海外の大手事業者との提携

本年7月には、米国における月額定額制購読サービス(いわゆるサブスクリプションサービス)事業者として知られるスクリブド、そして米国における図書館向け電子書籍配信事業でオーバードライブとの提携を相次いで発表した。スクリブドとの提携は日本のコンテンツを海外の市場向けに月額定額制購読サービスとして配信するというもので、現段階では日本でのサービスを開始する予定はないとしている。これは主に日本の著作権者と出版社の理解が進んでいないことが理由だと推測されるが、将来の月額定額制購読サービスの事業への布石として、米国の有力企業と手を結んだという意味で非常に戦略的である。

また、オーバードライブ社は米国の図書館の約9割に対して電子書籍やオーディオブックの配信を行っているこの分野の大手企業で、これまでの事業ノウハウやシステム基盤を日本向けにアレンジして提供していくとしている。日本の電子書籍を日本の図書館向けに配信することはもちろんだが、オーバードライブが扱う海外の図書館に配信されている電子書籍を国内の図書館に配信することもできる。これは専門性の高い電子書籍については日本でもニーズが高いと思われる。また、日本の電子書籍を海外の図書館向けに配信できるので、各国に居住している日本人や日本の情報を求める人にとっても期待されるサービスだろう。こちらも大手企業の戦略的な提携をしたことで、将来の事業拡大のための先手を打ったといえるだろう。

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写真4:メディアドゥ取締役の溝口敦氏(左)/オーバードライブのアジア統括責任者Peter Haasz氏(図書館総合展にて)

 

電子図書館の戦略

11月初旬の図書館総合展では主に図書館関係者向けにプレゼンテーションを行い、2015年4月から事業を開始し、図書館総合展の来場者には特別に、初期費用0円(ランニングコストなど、別途必要な費用がある)で、各出版社から提供される有料コンテンツ、および青空文庫などの著作権がフリーになった出版物を中心に配信を開始することを発表した。それに先立ち、慶応義塾大学メディアセンターとのアプリケーションレベルでの実証実験をすることも発表されている。

公共図書館がこうした新しいサービスを提供するためには、地方自治体ごとに各図書館がそのための予算を確保していかなければならない。しかし、予算は年度単位で決定されるために、図書館側に関心があってもすぐには導入できないという事情があるようだ。また、図書館へ配信することについては著作権者と出版社との契約が必要になる。プリント版の書籍を1冊、あるいは副本として数冊を購入して貸し出すのとは異なり、1つのファイルに対してどのような使用料の支払いをするかということが問題になるからだ。

先行市場である米国でも、図書館とオーバードライブなどの配信事業者とのあいだに、これまでもさまざまな軋轢があった。出版社からみると、「無料の貸本事業」としてとらえると、従来のプリント版の書籍とは異なり、販売実績という経済的な影響が著作権者や出版社にあるのではないかという懸念があったからだ。一時期は大手出版社が電子図書館での貸し出しから撤退するという事件もあったが、現在は大手出版社も図書館向けの配信に参加をしている。

その背景には複数回の貸し出しが行われる図書館への販売価格を通常価格よりも高く設定すること、1ライセンスあたりの貸し出し回数を制限すること、1ライセンスごとの同時貸し出し数を制限することなど、契約条件に多様な選択肢を用意したことがあるのではないだろうか。また、出版社にとっては図書館での無償貸し出しが、電子書籍のみならず、プリント版書籍の売り上げにもなんらかの貢献をしていることが統計的に証明できたからではないだろうか。例えば、電子書籍を借りて、気に入った書籍はプリント版でも所有したいという意向を持つ読者が少なからずいることや、図書館で借りたくても貸し出し中で借りられず、順番を待っていると借りられるのが何か月も先になる電子書籍はその場で「BUY IT NOW(いま買う)」ボタンを提供して、その場で通常の電子書籍書店からその場で買うという消費動向が確認されていることなどだ。
さらに、図書館の司書向けにも限られた予算のなかで、その地域ごとにニーズがあると過去データから分析される書籍をレコメンドする機能が提供されている。しかも、「BUY IT NOW」ボタンについても、レコメンド機能にしても、オーバードライブの基本的な機能であり、有料のオプション機能ではないという。これまでの米国流のモデルを思い浮かべるとこうしたところに「隠れたコスト」が潜んでいるのではないかと疑心暗鬼になるが、どうやらそうした事業モデルではないようだ。

だが、図書館の持つ役割や利用者が利用する目的が米国とは必ずしも同じでない日本の図書館向けにどのようにサービスのアレンジをしていくのか、著作権者や出版社に対してどう説明をしていくのかというのが今後の課題となるだろう。しかも、これまでの電子書籍への取り組み状況を見ていると、決して簡単な交渉ではなさそうに思える。しかし、かつて同様に難しい交渉を経験したオーバードライブとの提携関係があるからこそ、より説得力のある説明がされるのではないかと期待したい。

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写真5:オーバードライブのサービス画面例(出典:メディアドゥ社プレゼンテーション資料から)

 

今後への期待

2013年度の日本の電子書籍市場は936億円、電子雑誌も加えた電子出版市場規模は1000億円超える(インプレス総合研究所調べ)といわれている。しかも、その約8割をコミックが占めている。これは先行市場である米国とは明らかに異なる特性の市場である。また、成長率も米国での市場立ち上がり時期にみられた年率100%を超える成長を繰り返しているわけでもない。メディアドゥにとっては着メロやゲームなどの既存のモバイルコンテンツ、モバイルサービスの経験などを分析しながら、さらに米国の提携企業とともに、彼らの先行市場の経験を生かせる部分とそうでない部分にどのように対応していくかが鍵となるだろう。具体的にはLINEマンガへの配信事業、そしてLINEや小学館や講談社という大手出版社とともに設立した海外向けコンテンツ配信事業会社のLINE Book Distributionに期待をしていきたい。

電子書籍市場の成長予測を出している調査会社は一様に拡大路線を想定しているが、メディアドゥはその予測を信じて、出版社や電子書籍書店の活動をフォローさえしていけばよいという考えではなく、いかにその予測に近づけて市場を成長させられるのか、その成長路線を作るのは自分たちだという意気込みをプレゼンテーションから強く感じた。今後は、サーバーやCDNなどの技術課題の解決、さまざまな購読モデルやアプリなどのサービスモデルの開発は電子書籍取次のメディアドゥが、そして電子書籍書店のストアフロントの経営(ブランド拡大やユーザービリティーの提供)や顧客との関係構築(顧客情報の管理や各種サービスの提供)を電子書籍書店が担うという役割が明確化していくことにもなると思われる。情報通信の「技術」を基盤とするサービスを提供して、維持していく場合、それぞれの役割での専門性を高め、お互いの役割を分担する水平分業型が産業全体の効率を高めることにつながるのではないだろうか。

これまではあまり電子書籍取次にはスポットライトが当たらなかったが、産業のなかで重要な役割を担いつつあることにあらためて気付かされる。今回紹介したメディアドゥはもちろんのことだが、実行力のある電子書籍取次やデジタルアセットディストリビューターが競争しあうことで、今後の電子書籍市場の活性化と拡大を期待したい。

参考URL

  • メディアドゥ:http://www.mediado.jp/
  • プレゼンテーション資料「メディアドゥが描く電子書籍配信ビジネスの未来」(2014年10月30日、日本電子出版協会セミナー):http://info.jepa.or.jp/sem/021
  • ■OnDeck weekly 2014年11月27日号掲載

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