第8回JEPA電子出版アワード大賞発表〜2014年の電子出版業界のトレンド総まとめ
2014年12月25日 / レポート
text: 中島由弘(Yoshihiro Nakajima)/OnDeck編集委員
2014年12月24日
大賞は「たびのたね」(JTBパブリッシング)が受賞
一般社団法人日本電子出版協会(JEPA)が恒例となっている電子出版アワードとそのなかから選ばれる電子出版アワード大賞を発表した。さらに、このなかからJTBパブリッシングの「たびのたね」が大賞として選ばれた。それぞれの受賞作品と受賞者はつぎのとおり。
大賞を受賞した「たびのたね」は自社の出版物や契約のある他の出版物のなかから、読者が必要とする部分(マイクロコンテンツ)を自由に組み合わせて、自分のための旅行ガイドを作れるというものだ。このようなアイデア、そしてそれを実現した技術的な点はもちろん素晴らしいことなのだが、あまり語られていない楽屋裏にもご苦労はあったことだろう。たとえばコンテンツの再編成については契約上の課題、社内の売り上げや原価の計上にかかわる調整、印税計算の方法など、既存の出版社だからこその出来上がっている仕組みがあり、簡単ではないことも多々あったのではないか。さらにはソーシャルDRMの採用など、出版業界のなかでは大きなチャレンジもしている。
- デジタル・インフラ賞:dマガジン(NTTドコモ)
- スーパー・コンテンツ賞:少年ジャンプ+(集英社)
- エクセレント・サービス賞:たびのたね(JTBパブリッシング)
- チャレンジ・マインド賞:絶版マンガ図書館(Jコミ+赤松健)
- エキサイティング・ツール賞:青空文庫POD(インプレスR&D)
- 選考委員特別賞:BiB/i(松島智)
- 選考委員特別賞:近代デジタルライブラリー(国立国会図書館)
写真1:第8回JEPA電子出版アワード受賞者
発想の転換と新たなチャレンジが求められる時代へ
受賞式に続いて、電子出版関連メディアの編集長によるパネルディスカッションが開催された。
hon.jpの落合早苗氏は電子書籍の発行タイトル数に関する統計を発表した。それによると、2014年12月時点における日本国内で配信が確認できる電子書籍、電子雑誌の総タイトル数は72万点、そのうちスマートフォン、タブレット、電子書籍専用端末、PCなど、従来の携帯電話(フィーチャーフォン)以外のオープンで新たなプラットホームで読めるものは68万点と推計している。これらのうちプリント版書籍のISBNをもつ書籍を電子化したものは約18万点だとしている。これは昨年同期比との比較ではやや伸長率が鈍り18.3%増にとどまったが、新たなプラットホーム向けの配信に限れば51.1%増になっている。この1年で見ると、コミックなどを含むセルフパブリッシング分野で約2万7,000点の新刊が配信され、人文科学や社会科学などでも1万点を超える専門書も電子化された。さらに、2年後の2016年には総タイトル数で120万作品規模に成長すると予測をしているということだ。
グラフ1:日本国内における電子書籍・電子雑誌の推計配信タイトル数(出典:[http://hon.jp/news/1.0/0/6104/])
ITmedia eBook USERの編集長である西尾泰三氏はコミック市場、定額読み放題市場、電子図書館、書店連携(O2O)、セルフパブリッシングのインフラ、権利関連に着目をしていたと総括をした。その上で、いわゆる電子書籍ストア以外での市場、例えばアプリ化されたコンテンツ、プリントと書籍のハイブリッド、いわゆるO2O型の販売など、販売や流通の多様化について触れ、パッケージ形態にとらわれずにコンテンツの価値こそが重要であるとした。さらに、今後の注目すべきキーワードとして、書店の価値、電子書籍の法人での活用、電子図書館サービス、コミックなどの海外展開がこれからの注目領域だとまとめた。
インプレスR&Dの本誌OnDeck副編集長である福浦一広はプリントオンデマンドの意義について語った。プリントオンデマンドは業界内では知られるようになってきているが、出版社のための小ロット生産の仕組みとして捉えられているが、消費者(=読者)の要求があるごとに必要に応じて生産をする仕組みだと捉えることで、大きな可能性があるということを指摘した。出版社は原版となるデータを企画・編集・制作することまでが責任範囲となり、印刷や流通はそれぞれのPOD事業者、例えばアマゾン、三省堂、空飛ぶ本棚などの小売り事業者が行うということになる。こうした長年の出版業界のモデル転換には発想を変える必要もあるが、そこから新しいビジネスチャンスも生まれるとしている。
写真2:関連メディアの編集長によるパネルディスカッションの様子(左から、井芹昌信(本誌編集長)、落合早苗氏(hon.jp)、西尾泰三氏(ITmedia eBook USER)、福浦一広(本誌副編集長))
2015年への展望
電子出版アワードのノミネート作品や受賞作品を見ていると、今年の電子出版業界のトレンドを感じることができる。まずはコミック作品、そしてコミック市場が勢いを増した1年だった。10年以上も前のフィーチャーフォン(いわゆるガラケー)の公式コンテンツの時代から、電子コミックの人気は高かったが、集英社の少年ジャンプ+のように出版社自体が取り組み成功していることは特筆すべきことだろう。また、絶版マンガ図書館のように、市場で手に入れるのが難しい絶版マンガを広告モデルで再び市場に戻す仕組みも画期的だ。今回は惜しくも受賞を逃したが、LINEマンガやcomicoなどのようにユーザー数が大きなコミック配信サイトも来年に向けて大きな期待が集まる。日本の電子書籍市場の約8割はコミックで構成されているという調査もあり、電子出版業界の動きとしては目を離せない分野だ。
また、NTTドコモのdマガジンはすでに100万人の有料会員を獲得するに至っている。電子雑誌はビジネスチャンスと思われているが、各社とも散発的な試みはあるものの、なかなか大きなブレイクスルーを迎えられていない。通信キャリアのサービスとして、月額定額制(サブスクリプション型)サービスが定着することで、電子雑誌の市場が花開くチャンスといえるかもしれない。また、この先にはインターネット通販(EC)とのシナジーなどもあるだろう。今後は従来の雑誌のビジネスモデル、特に純広告売り上げと発行部数ではない指標が必要になる。
インプレスR&Dの青空文庫POD(プリントオンデマンド)が受賞をした。出版市場が縮小していることはもちろんのことだが、これまでのような出版社の見込み生産によって大量のプリント版を製造するのではなく、消費者のデマンドによってプリント版を製造するという点で、プリントオンデマンドの応用例を示したものといえる。プリントオンデマンドが単なる小ロット生産ではないということの先行事例になってほしい。
そして、電子図書館への期待も高まりつつある。アーカイブとしての図書館、そして貸本としての図書館、さらには人が集まる場としての図書館、いずれにしてもデジタル技術によって、様相が変わりつつあるように思うし、利用者の関心も高まりつつあるように感じる。
最後に、2015年に向けて注目点をあげるなら、先日、東証マザーズ市場に上場をはたしたアルファポリスのように読者の評価をもとにして、コミックやライトノベルを出版していく仕組みにも注目すべきだろう。アマゾンのキンドルもアマゾンスカウトという読者の評価をもとにした出版の仕組みを米国でスタートさせている。従来の出版社や編集者の発想では取り組むことが難しそうなこうしたビジネスが成長してくるとなると、出版社や編集者としての本質的な役割がなんなのかということがさらに問われてくるようになるだろう。
日本の電子出版分野は電子書籍や電子コミックというパッケージ形態、ファイル形式、さらには端末機器への関心が主導していたが、今後はビジネスモデル、あるいは経済原理によって、従来は出版できなかった、あるいは市場から消えていたようなコンテンツを流通可能になるような仕組みにも関心は集まるだろう。また、出版業界を起源としないスタートアップ企業もさらに増加すると思われ、こうした企業との化学反応によって、市場拡大が図られることに期待をしたい。
参考URL
電子出版アワード(一般社団法人日本電子出版協会):http://info.jepa.or.jp/awards
第8回 JEPA電子出版アワード 大賞は「たびのたね」:http://info.jepa.or.jp/pr
■OnDeck weekly 2014年12月25日号掲載