インタビュー:「青空文庫」呼びかけ人 富田倫生氏~日本が誇る「青空文庫」の軌跡~

2013年8月17日 / インタビュー

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聞き手: 編集部
text: 野々下裕子
インタビュー/2010年12月17日

90年代から10年以上にわたり、有志によって続けられている「青空文庫」。主に著作権が消滅した文学作品を、テキストとXHTML(一部 HTML)形式で電子化し、マルチデバイスで利用できる数少ない電子コンテンツとして、電子出版ビジネスに多くの示唆を与えている。この青空文庫の呼びかけ人である富田倫生(とみた みちお)氏に、これまでの歩み、そしてこれからの方向を聞いた。

富田倫生氏
広島市生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。編集プロダクション勤務を経て、1983年、ノンフィクションライターとして独立。30代の終わり、病気で取材・執筆活動ができなくなり、電子出版に希望を見出す。ボイジャーのエキスパンドブックと出合い、著書『パソコン創世記』(紙版は旺文社文庫版、TBSブリタニカ版)を電子本として制作。このブック上の記述をさまざまなホームページにリンクさせていくという作業を通して電子出版への確信を深め、青空文庫の活動へとつながっていく。

電子書籍との出会いと空のエキスパンドブック

――まずは富田さんご自身と電子書籍との出会いを教えてください。

 青空文庫を始める前に私自身はライターとして、コンピューター業界を取材した著書を出版するなどの活動をしていました。そうした経緯から、わりと早くから電子書籍のようなものがこれから登場するのではないかと、うっすら感じていたように思います。実際にそれが具体化してきたのは、90年代の初め頃のことです。実は80年代後半に大病を患って、取材どころか執筆活動もできなくなってしまい、ほとんど寝たきりの状態だった時で、もし、電子出版が現実のものになれば、病気というハンデがある自分のような立場の者や、あるいは一般の個人でも出版を手掛けられるチャンスが拓けるかもしれないと考え始めたのです。
 ちょうどその頃、米国で電子出版を展開するボイジャーを日本でも創立するという話がありました。そこで日本のボイジャーの創設者である萩野正昭さんたちに出会ったことも、電子書籍の世界に大きく触れるきっかけになりました。当時、ボイジャーが手掛けていた電子出版とは、ハイパーカードというマルチメディアツールをベースにした“エキスパンドブック”と呼ばれるもので、現在に置き換えるとすれば、アプリ形式のパッケージ化された書籍だった。基本的に本をそのままシミュレートしていて、本のページめくり、縦書き、ルビ構造などが再現されている以外に画像や音声も入っている。インターネットが登場してからはネット上の情報にリンクできるようになり、技術や処理スピードは大きく変わりましたが、いま話題になっている電子書籍と同じようなことは、この時ほとんど既にできていましたね。

――その頃は、ご自分で電子出版を立ち上げようとは思われなかったのですか。

 著書の『パソコン創世記』をエキスパンドブック化したりはしていましたが、私自身が主体となって何かできるとは当時は考えてもみませんでした。というのも、90年代半ばまでの時期は、電子書籍に大きな可能性を感じたものの、まだ同人誌や自費出版の延長としか受け取られず、興味を持つ人も限られていた。さらに出版の世界は今の不況が全く想像できないほど盤石で、その世界を変えるほどの影響力があるとはまだ思えなかったのです。
 私自身も実はその頃主流だった本を超えたスーパーリッチな本ではなく、電子書籍の異なる可能性に注目するようになっていました。きっかけは、電子書籍としてパッケージ化する前の空のエキスパンドブックを目にしたことです。ボイジャーの祝田久(ほうだひさし)さんというエンジニアが2ちゃんねるをそれで読んでいるのを見て、メディアリッチなアプリケーション化した未来よりも、ネットにあるテキストを読み込めるようにするのもおもしろいかもしれないと思ったんです。人の知恵や表現といった本にしてきたものが、どんどんインターネットにあふれつつあって、それを快適に読むこと、すなわち受け取りやすい形で受容するほうが、電子書籍としての伸びしろを考えると、可能性としてすごく大きいだろうと感じたんです。

テキストの力を信じた電子図書館

――それが青空文庫をスタートさせるきっかけだったのでしょうか。

 いえ、その時はまだ漠然と未来の方向性がテキストを扱うことにあると感じただけで、具体的に青空文庫のアイデアはありませんでした。その前にまず、空のエキスパンドブックのおもしろさをアピールするために、当時ボイジャーにいた野口英司(のぐちえいじ)さんと、サンプルとなるテキストを探し始めたんです。そのときも、すでにあるテキストをベースに考えていましたから。というのも、米国では「プロジェクトグーテンベルク」といって、著作権切れのタイトルを電子化してアーカイブする動きがあり、日本でもそれと似たような、国文や日本文学の一部の研究者が、研究分析用に古典などをテキスト化して研究室のサーバーに置くというようなことがぽつぽつと始まっていました。当時、福井大学におられた岡島昭浩(おかじまあきひろ)さん(現大阪大学)が、自分の作ったものを含めて、どこの研究室のサーバーには、どんな作品があるかをリストにして公開されていました。著作権の切れた作品だったら、それをエキスパンドブックにしてネットに上げても問題ないはずです。そんな話をしていたら、野口さんが「それをやりましょう!」と言い出して、さっさと岡島さんに連絡をとりました。すると、ファイルを使わせてくれるという返事でした。それで、野口さんと私を含めた4人が呼びかけ人となって、青空文庫を立ち上げようという話になったのです。
 呼びかけ人はエキスパンドブックを通じて知りあったので、青空文庫のサイトもボイジャーの一角を借り、すでに電子化されていたものを中心に5作品ぐらいを、まずはエキスパンドブックに入れていきました。その後、エキスパンドブック化する過程でテキストは作成するし、ネット上の記述はHTMLが一般的だから、素材としてテキストとHTMLを公開して、具体的に電子図書館のまねごとができることをやってみせたのです。

――あえてテキストにこだわった理由は何だったのでしょうか。

 ちょうど同じ頃、世の中の電子図書館構想と呼ばれるものがいくつかあったのですが、そこでは書籍をスキャニングしてそこに透明のOCRを重ねるという、Google Booksでも採用されている手法が主流でした。今は近代デジタルライブラリーと呼ばれる日本の国立国会図書館の電子化構想にしても画像スキャンが中心だった。というのも、画像にすればテキストの構造化に関する問題は考えなくていいし、効率的でもあって、たくさんのお金を投入して実績を上げる非常に有効な手法なんですね。だからグーグルが画像化を選んだのも納得できます。
 その一方で、テキストをコンピューターでハンドリングすることは放棄されていました。結果的に、正確な検索性だとか、日本語でいえば、縦横変換だとか、近々実現するであろう電子翻訳といった多くの可能性が画像を選択することと引き換えに捨てられそうになっていた。当時はそうした流れに対するアンチテーゼとして、青空文庫はあくまでテキスト入力にこだわりました。それが今後どのような可能性につながるかを見せるショーケースになればいいと思っていたのです。97年の夏から秋ぐらいにかけてのことですね。

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