デジタルブックワールド2014報告:第4回 電子書籍ビジネスが“ファイル変換”から“情報サービス”へと進化する

2014年2月18日 / ニュース

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text:OnDeck編集委員/中島由弘(Yoshihiro Nakajima)

デジタルブックワールドレポートの最終回となった今回はこれからの電子書籍ビジネスの方向性を示唆しているセッションについてまとめる。主に、出版ビジネスの観点ではなく、技術側の観点で出版ビジネスを語るセッションといえるだろう。

サービスへ転換を求められているコンテンツビジネス

 米国デジタルブックワールドコンファレンス(DBW)のコンセプトは出版ビジネスを軸足にしたプログラム構成や登壇者を特徴としていて、デジタル技術によるイノベーションを前面に出していたオライリーメディア社の電子出版コンファレンスのツールズオブチェンジ(TOC)とすみ分けてきた。しかし、TOCの開催が2013年1月に終了し、その主宰者であったティム・オライリー氏がこちらDBWに登壇した。オライリー氏からは期待どおり、デジタルイノベーションの観点からのプレゼンテーションとなった。
 オライリー氏のプレゼンテーションでは出版社の持つ情報製品(Information Products)が情報サービス(Information Services)に転換していくアイデアを示した。わかりやすい例として、地図や旅行ガイドなどのコンテンツを発行している出版社の場合、それは地図サイトだけでなく、タクシー配車、レストランガイド、位置情報を使うソーシャル・ネットワークなどのインターネットサービスに展開しやすく、従来の出版売上ではない新たな収益が期待できる。つまり、電子書籍は電子出版という分野でのアウトプット(ビジネス)の一形態にしかすぎず、電子出版は執筆・制作・パッケージ化・サービス化のすべてのプロセスに展開可能なコンセプトだということだ。
 こうしたビジネスチャンスに着目して、出版社を取り巻くようにさまざまなベンチャービジネスも立ち上がっている。しかし、双方の企業の“文化圏”が異なるためになかなか提携が実現するのは難しいともいわれている。このあたりの状況は日本でも似たところがあるかもしれない。
 新規事業の開発だけでなく、すでに編集・制作やSNSを利用するマーケティング手法を実施するにもデジタル技術やノウハウが必須となり、それを使いこなせる人材の確保と施策の計画や実施が必要となり、そこに踏み出すことで出版社が新たなフェーズに入れるということだろう。なんらかの完璧な電子書籍ファイルが生成できたことが電子出版ビジネスのゴールではないということだ。

写真1:オライリーメディア社の創業者CEOのティム・オライリー氏

写真1:オライリーメディア社の創業者CEOのティム・オライリー氏

ファイル変換からXHTML5を中心としたファイル生成へ

 ティム・オライリー氏は分科会でもXHTML5を中心とした執筆・編集・コンテンツマネジメント環境のコンセプトを紹介した。現在、オライリーメディア社はアトラスという名称のオンライン上での執筆・編集環境のβユーザーを募集中だが、その背景にあるコンセプトといってもよい。
 まず、これまでの電子書籍ファイルの生成は資料1のように執筆環境であるワープロソフト(例えばマイクロソフト・ワード)、制作環境であるDTPソフト(例えばアドビ・インデザイン)などを使って、データを相互に受け渡ししながらマスターファイルを完成させ、EPUB、MOBI、PDFなどの出力用のファイル形式に変換していた。この問題点は執筆や編集・制作のあいだでのバージョン管理や複数の出力ファイルとの整合性をとることを難しくしている。また、新たな出力ファイル形式が必要になったときに、市場ニーズに応えられるような短い期間で特定のアプリケーションのデータからファイルを生成できるかどうかということも保証されていない。そもそも、アプリケーション固有のデータ形式はバージョンアップとともに変更されて、互換性も薄れていく可能性がある。
 オライリー社は以前から簡易なマークアップ言語とXMLを使ったワークフローを構築してきたが、新たに採用したのがXHTML5を共通フォーマットとし、さらにソフトウエア開発においてバージョン管理システムとして広く知られているGitというオープンソースのソフトウエアを使って執筆と編集をしていくというものだ。こうすることによって、執筆者と編集者はバージョン管理システムの上で作業をすることができ、XHTML5というオープンなファイル形式を採用しているので、目的となるファイル形式で出力でき、もしも新たな出力ファイル形式が必要になっても、柔軟に対応することも可能だというわけだ。
 また、執筆者(または編集者)は直接XHTML5で原稿を書くことは現実的ではないので、HTML5のサブセットであるHTMLBookやマークダウン書式と呼ばれるより簡易なタグ言語を使ったり、UNIXのオンラインマニュアルの作成で知られているAsciiDocを選択したりできる。
 このようにオープンなファイル形式やツールを積み上げて環境を構築しているところはさすがにオライリー社ならではといえるアプローチだ。しかし、一般の編集者にとってはタグというものを理解しにくいことも事実だろう(プレゼンテーションでは“学ぶ”というようなものではないとしているが…)。だが、出版プロセスの電子化に多額の開発費をかけたり、しかもそれが短期間で陳腐化したり、パッケージソフトのように有料バージョンアップが必要になるようなシステムでは出版社の収益構造には適合しにくいだろう。そうした意味では参考になるアプローチだと思う。

資料1:従来のワープロやDTPソフトを中心とした電子書籍生成環境

資料1:従来のワープロやDTPソフトを中心とした電子書籍生成環境

資料2:2006年から2013年までオライリー社が採用していたシングルソースオーサリング環境

資料2:2006年から2013年までオライリー社が採用していたシングルソースオーサリング環境

資料3:オライリー社のシングルソースオーサリング環境

資料3:オライリー社のシングルソースオーサリング環境

セルフパブリッシングと従来型出版から今後の出版ビジネスを考える

 米国で急成長が伝えられるセルフパブリッシング(自己出版)を分析するセッションをライターズダイジェスト社が行い、調査結果の一部を紹介した。主に執筆者が従来型出版と自己出版に対してどのような意向を持っているかというものである。
 調査結果を一言でまとめると、この調査が定義する“ハイブリッド執筆者”、つまり従来型出版と自己出版の双方を経験した執筆者にとって、出版社は執筆者の書いた作品に対して、十分な関与がないという不満を持っているようである。一部の著名な執筆者はさておき、自分の作品に対して具体的な施策に取り組む姿勢が感じられないと、本当に売ってくれるのかどうかということも不安になるということだろう。それに対して、自己出版はそれなりの負荷が執筆者にもかかるが、結果として満足度も高く、作品を世の中に問うている実感が高いということがあるようだ。
 いまのところ、自己出版に先行的に取り組むアーリーアダプターが中心で、こうした人たちはブログ、SNSはもちろんのこと、ECサイトへのトラフィック誘導などの手法を使いこなせるインターネットリテラシーの高い人たちだといえるだろう。こうした層の執筆者が従来型出版社の編集者やマーケティング施策に対して、いまどきの手法をとってもらえないことに不満を持つのは理解できる。ましてや、電子書籍などになっていくことで、装丁などのクリエーティブの重要性は低下している。
 これから出版社が執筆者のよきビジネスパートナーになるためには従来の編集の枠を超えて、デジタルリテラシーやそこから生まれる優位性のあるデジタルマーケティング戦略を持てるかどうかということなのではないだろうか。さらに、才能ある執筆者の発掘や育成、マネタイズの多角化など、組織力や資金力を生かす分野でコンテンツビジネスにとっての“プラットホーム化”による自己出版に対する比較優位性が期待される。

資料4:従来型出版と自己出版の双方を経験した著者はつぎもセルフパブリッシングでという意向が強い

資料4:従来型出版と自己出版の双方を経験した著者はつぎもセルフパブリッシングでという意向が強い

資料5:従来型出版社のアドバンテージに対して、著者は満足をしていないという結果

資料5:従来型出版社のアドバンテージに対して、著者は満足をしていないという結果

参考文献:What Authors Want: Understanding Authors in the Era of Self-Publishing By Digital Book World and Writer’s Digest(http://www.writersdigestshop.com/what-authors-want-understanding-authors-era-self-publishing

DBW2014の総括〜出版社のデジタル化がつぎの重要なステップ

 およそ3日間にわたり開催されてきたデジタルブックワールド2014で語られていたのは、昨年までのように電子書籍市場の先行きに対する懸念や展望ではなく、デジタル技術やネットワークインフラによって大きな変革の波にさらされているということを明確にしたメッセージだった。コンファレンスプログラムとしても、従来のDBWのアプローチと、TOCのアプローチがミックスされていて、全体を通すと複数の観点からの理解が進むものだ。もはや、片方の理解だけでは不十分で、多角的な観点での理解が求められていると感じた。
 2014年のキーワードとしては高等教育向けの電子教科書、そしてデジタルでのワークフローの導入やデジタルビジネスへの構造変革といえる。
 これはあくまで米国市場の話であり、日本市場は異なった事情があるにしても、今後2〜3年後には本質的には類似した課題がつきつけられる可能性がある。こうした先行事例から学ぶことで、少しでも早めに対応をしていくことが重要だろう。

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