創刊にあたり
創刊にあたり-OnDeck創刊号(2010年12月23日発行)より転載-
OnDeck 編集長 井芹昌信
「電子出版」という言葉は、過去に何度かブームになったことがありました。たとえば、CD-ROMやDTPが登場した時がそうでしたが、期待のほどには進展しませんでした。しかし、今回の「波」は本物だと予感しています。なぜなら、我々はDTPなどのかつての技術革新に加え、すでにインターネットを手にしているからです。インターネットが流通革命であったことは知られていますが、この電子の流通網があってこそ真の電子出版を実現できる要件が揃うと考えられるのです。
出版の電子化は、メディア産業のデジタル化という面でよく音楽コンテンツの電子化と対比されます。確かに、技術的側面で見れば同様の変革が起きる可能性が高く、その足跡は出版産業の今後の対応に参考にすべき点が多いことでしょう。しかし、「文字」という最も基本的な知識コミュニケーションメディアが主役である「出版」の領域における電子化は、私たちの社会にさらに大きなインパクトを与えずにはおかないと思うのです。
そもそも出版の本質的な役割が知識の伝搬にあるのならば、専門的、局所的なものを含むできるだけ多くの知識が、できるだけ多くの人に、できるだけ安価で安易な方法で流通できることが望まれます。その点において、電子出版は出版の本来的役割を拡張する方法の到来と言えるでしょう。
また、ビジネス的に疲弊しつつある出版業界の課題である返品過多を招く流通問題、多様な企画を商品化するための原価抑制などを解決する方法として、電子出版が登場して来たという見方もできるのです。
本誌「OnDeck」は、この電子出版革新を捉えこれからビジネスに参画される方々を対象に、技術面、産業面の両方の視点で情報発信していきたいと思っています。また本誌自身が電子出版物であることを活かして、様々な実証実験を通して得られたノウハウを還元すると共に、課題提起やそれを議論する場の提供にも心がけたいと考えています。
電子出版はまだ始まったばかりです。できる限りの努力はしたとはいえ、本誌の表現力の未熟さがそれを如実に体現しています。しかし、パソコンやインターネットの初期がそうであったように、また電算写植やDTPの初期がそうであったように、技術革新の波は確実に進展し、課題を解決していくことを私たちは歴史から学んでいます。読者の皆様と共にこの革新を前向きに活用し、新たな出版生態系を創造して行けたらと願っています。
ぜひ、積極的なご参加をお願いします。
制作方針と表現力について
「OnDeck」は、できる限り多くの端末やビューアで読めるように、文書フォーマットにEPUBを採用しました。しかしEPUBは国際標準とは言え、まだ正式な日本語化は行われておらず(来年5月に策定予定)、日本ではほとんど利用実績がありません。
そのため文字組版やレイアウトなどの表現力に制限があり、紙の出版物と比べるレベルには達していないのが実状です。また現段階では、EPUBを読めない機種も存在しています。しかしビジネスプレーヤーにとっては、それも重要な「コンテンツ」だと捉えています。
なお、EPUBでの閲覧ができない場合や印刷ニーズに備えて、PDF版も用意しました。ただしPDFはあくまで予備的な確認用と捉えており、簡易組版での提供です。
本創刊号のEPUB版のコンテンツボリュームは、iPadの標準的な画面(約10インチ)で約100ページ、スマートフォン(約4インチ)では約250ページ、PDF(A4サイズ)で約80ページ程度になっています。
もう1つ、OnDeckではデジタルメディアという特性を活かしてソーシャルリーディングにもチャレンジしています。創刊号では最も利用頻度が高いと思われるツイッター連携のためのアイコンを記事ごとに付加しています。初歩的なリンクですが、お試しください。
「OnDeck」の名前について
「OnDeck(オンデッキ)」は、「船の甲板」とか「準備万端」と訳されます。また野球用語では「ネクストバッターズサークル」、ボーイスカウトでは「備えよ」という意味を持ちます。最近では、iPadやAndroid Padでコンテンツやアプリケーションを流通させる行為を「OnDeck」と呼ぶ表記も見受けられるようになりました。
テクノロジー社会の行き先を読めば、電子出版はますます活況を呈するでしょう。ただ、漠然とした未来論ではなく、正確に技術の先端を伝えたい。未来は向こうからやって来るのではなくて、私たちの意思によって創られていく、そんな思いを込めて誌名「OnDeck」としました。