米国出版業界と情報技術の接点〜BEAスタートアップチャレンジから
2014年6月18日 / レポート
text:中島由弘(Yoshihiro Nakajima)/OnDeck編集委員
2014年6月18日
本年5月末、米国で開催された伝統的な出版展示会であるブックエキスポアメリカ(BEA)では新しいイベントが開催された。それはスタートアップチャレンジという名称で、出版ビジネスに関連のスタートアップ企業がプレゼンテーションを繰り広げ、賞金などのアワードを得るというものだ。テクノロジー関係の展示会やコンファレンスではよく見かける企画だが、それが出版業界の展示会でも始まった。
出版業界とスタートアップの動向
電子書籍という新しいパッケージと流通形態が本格的に始まったことで、出版業界の電子化への取り組みは加速している。1990年前後に、活版や写真植字からDTPへ移行していった時代に続く大きな変化だろう。しかし、昨今の動向は決して出版社とアドビ社に代表される専門ツール開発会社だけの動きにとどまらないのだ。インターネット上のビジネスモデル、オーサリングシステム、デジタルマーケティングソリューション、ソーシャルネットワーク、コンテンツ配信プラットホームなどを提供する各社が出版業界という伝統的な産業との関係を模索している。デジタルビジネス側から見ると、出版業界は膨大な商材となるコンテンツを抱えている企業に見える。そして、情報技術がまだまだ導入されていない“未開”の市場に見えるのだ。
出版業界で情報技術がそれほど取り入れられていないのにはさまざまな理由があると思われるが、この記事ではあえて考察をしない。むしろ、いまはお互いがお互いの可能性を模索している段階にあるということが重要だ。しかし、お互いが異なった企業文化を持つこと、そして求めている技術やサービスと提供される技術やサービスとのミスマッチも起きているといわれている。
スタートアップチャレンジで注目すべきサービス
今年のBEAから始まったスタートアップチャレンジで優勝したのはNext Big Book社だ。この企業が提供するのは出版物に関する各種の分析(アナリティクス)データで、それを画面上でまとめて表示をしてくれるというものだ。ターゲットとする出版物について、フェースブック、ツイッターなどのSNSの上でどのように扱われているか、つまり「いいね」やフォロワーの数などに象徴される定量的なデータをまとめること、有力なベストセラーリストでの推移、競合との比較、購買データなどを収集してまとめることだ。デジタルマーケティングに必要な基本的なデータをビジュアライズしてくれるようだ。こうした情報はツールやサービスごとに広く分散しているが、ひとつのコンソールのなかに整理され、わかりやすく視覚化されることで、商品(出版物)ごとの市場での特性が明らかになるとともに、販売に向けた施策にも結びつく。もちろん、そこから明確な定量的なゴールも設定されることにもつながる。
Next Big Book社のサービスイメージ(画面例)
第2位を獲得したのはQlovi社だ。この企業は主に初等教育で、読書と読み書きの能力を教育するためのプラットホームを提供している。教師が読むべき本を提示したり、読書後に理解度を問うクイズを設定したりしてコースを作成し、生徒はそれに沿ったトレーニングができるようになっている。
その他、受賞企業としては定額制購読サービス(サブスクリプションサービス)のBookmate社、ディスカバラビリティーを向上させることを目指して、対象となる原稿を機械学習などの技術を使って分析し、最適化されたメタデータを作成するサービスのKadaxis社、Goodreads社がamazon.com社に買収されたのち、独立系の書評サイトとして有力視されているRiffle社などがある。
もちろん、それぞれのサービスは使い込んでみないことには外部仕様やプレゼンテーションだけではその有効性を評価できないのはいうまでもない。しかし、こうして受賞企業のサービスを眺めてみると、いまの出版業界のニーズ、すなわち“課題だと思っていること”が見えてくる。それは本の企画や編集、著者の発掘などではなく、出来上がった本をどう売るかという“マーケティング”だということなのだろう。もちろん、それは出版社の経営上、重要な点なのだが、一方で出版社の知らないところでは自然発生的にセルフパブリッシングによってベストセラー作品も誕生をしている。今後、出版社はネットワーク上にいる能力を持つ人々をどのように発見して、プロデュースしていくのかということも必要になるだろう。
出版社はスタートアップ企業と協業できるかどうかが課題
いま出版業界で起こっていることはこの20年間、あちこちで起きている破壊的イノベーションと同じ産業の再構築だ。それにともなって、出版社と深い関係のある協力企業は用紙や印刷関連会社、倉庫や流通会社だけにとどまらず、さまざまな情報技術、ソリューション、サービスを必要とするようになっている。しかも、それらははやり廃れも激しい分野だ。こうした新しい動向を見据えながら、いかに新しいビジネスモデルを構築できるかということが重要な点であり、大きな課題だ。また、サービスのレイヤーになると、出版社とスタートアップ企業とのあいだでのビジネスの主導権争いも予想される。
これからの出版業界でも、実社会と同じように“異文化”といかにうまく協調していくかが重要になる時代といえる。
■OnDeck weekly 2014年6月19日号掲載