電子教科書の普及前夜か?〜教育ITソリューションEXPOレポート
2014年7月8日 / レポート
text: 中島由弘(Yoshihiro Nakajima)/OnDeck編集委員
2014年5月28日
5月21日から23日まで、東京ビッグサイトで学校向けのIT関連製品やサービスの展示会である教育ITソリューションEXPO(主催:リードエグジビションジャパン)が開催された。本誌では主に電子教科書や電子教材、そして電子図書館に関する話題を中心にレポートする。
展示会の概要
この展示会は毎年開催されていて、今年で5回目となる。2013年後半から電子教科書や電子教材に関する話題が電子出版に関連する業界では盛り上がりつつある。中でも、EPUB3をベースに仕様拡張をすることが議論されている電子教科書用ファイル形式EDUPUBの標準化動向、電子化された書籍を蔵書する学校向け電子図書館のシステム、その他、すでに日本で独自に開発が進んでいる電子教科書への関心が高まっている。今回の取材では、現在の教育現場での課題や状況を理解することを目的に参加した。
しかし、この展示会におけるこれらの扱いはまだまだ一部にしかすぎず、出展の多くは学校経営の情報化、成績管理と分析、各種視聴覚教材、マルチメディア型教材といったところだ。近い将来、電子教科書や電子図書館が注目されていくことに期待をしたい。
なお、主催者によると、この展示会への来場者は約2万7,000人(昨年比12.3%増)と発表されている。
教育ITソリューションEXPOの会場風景
CoNETSブース
電子教科書プラットホームとその上のコンテンツを先行して実装しているグループにはCoNETS(コネッツ)を挙げることができる。参加しているのは大日本図書、実教出版、開隆堂、三省堂、教育芸術社、光村図書、帝国書院、大修館書店、啓林館、山川出版社、数研出版、日本文教出版という大手教科書会社とシステムを開発する日立ソリューションズだ(東京書籍は含まれず、会場内の別のブースで独自展開をしている)。基本的にはプロジェクターなどの大画面を使って教師が説明する画面、教師が指し示すためのポインティグデバイス、生徒の手元にあるタブレットやノートPCなどの機器で構成されるハードウエア環境、そして各教科書コンテンツを実行するソフトウエアプラットホームの提供とユーザーインターフェースの共通化などが行われている。
単一の共通システムで多様な学科のコンテンツが提供されるコネッツはシステムとしては魅力的なものだといえるだろう。しかし、残念ながらこの企業グループに“クローズド”なものだともいえる。参加する各社は他のプラットホームに同じコンテンツを提供することは契約上か、あるいはコンテンツの再利用性などの技術的、経済的な観点でも難しいのではないだろうか。
大日本印刷のブースでは電子教科書以外にアンドロイド4.2を採用した「色にこだわったタブレット端末」を参考出品している。カラーマッチングが行われていること、コントラストの調整ができること、そして目の疲れを起こすとされているブルーライトカット機能がついていることを特徴としている。従来のタブレット端末ではマラーマッチングができないので、図鑑、絵画などの色に重要な意味がある資料を閲覧するには不満のあった分野もあるだろう。発売は未定とのことだが、教科書閲覧用のみならず、博物館や美術館などのロケーションメディアとしての可能性がある。
また、同じブース内で、図書館流通センターはTRC-DLという名称のクラウド型電子図書館サービスを出展している。従来の図書館の蔵書検索システムや業務システムとウェブサービスAPIを使って連携させることで、電子図書館サービスを提供することを特徴としている(既存の図書館システムと連携しないシステム構築も可能)。つまり、書名などでの検索を行うと、印刷版があれば印刷版に関する情報が、そして電子書籍版があればその情報を一元的に表示して、利用者がどちらを利用するかを選択できるようになる。その他、市販されている書籍だけでなく、図書館独自の資料(各地域に固有の資料など)を追加できるようにもなっている。
大日本印刷が参考出品した「色にこだわったタブレット端末」
図書館流通センターが出品したTRC-DLの画面例
京セラ丸善システムインテグレーションブース
京セラ丸善システムインテグレーション(以降では京セラ丸善社と略)では電子教科書サービス、電子図書館サービスなどを出展している。電子教科書サービスは科目単位で必要とする教科書を電子化して取りそろえ、学生は自分のアカウントを使って、用意されている教科書を適宜ダウンロードするもの。教科書の電子化の許諾や使用料の支払いは京セラ丸善社が代行する。電子図書館サービスは電子化された約12000タイトル以上の学術系書籍を保持して、検索したり、閲覧したりできるようにするものだという。東京大学新図書館計画ではこのシステムの採用が決まっていて、既存のデジタル化されていない資料との融合なども目指すとしている。いずれも、BookLooperというシステムを利用しているが、利用場面や用途が異なることから、システム要件も異なるとして、さまざまな変更がなされている。
ソニーのデジタルペーパーDPT-S1
ハードウエアメーカーのなかではソニーがデジタルペーパーDPT-S1を展示していた。報道などでご存じの方も多いかもしれないが、13.3インチのEインクのパネルを採用したA4書類が表示可能なデバイスだ。電磁誘導方式のタッチパネルに付属のペンで書き込みができる。企業はもとより、教育分野での導入実験も行われている。その背景にはキーボードでメモを取るのではなく、ペンで「書く」という行為が脳にとっての理解を深めるということにつながるということがあるそうだ。
電子教科書の効果とは?そして、国際化とオープン化へどう取り組むか?
電子教科書、とりわけ初等教育向けの取り組みはそれなりに進んでいるように思える。見た目もマルチメディア化していて、一見、印刷教材よりも魅力的に見える。しかし、こうした電子化された教科書や教材は生徒にとってどのような教育的な効果をもたらすのかということに答えてくれる担当者には残念ながら巡り会えなかった。システムの導入にはそれなりの経済的なコストがかかり、それは保護者や地方自治体などの負担になるはずだし、教師は電子化された教科書や教材を使って教えるためのノウハウを取得するための時間的コストがかかる。なんらかのはっきりした効果が得られなければ、単に情報技術という新しい道具を使ったというだけで本末転倒だ。なんらかの期待される効果が明確になっていなければ、コンテンツを作るにしても、どのように作りこんだコンテンツを用意すれば効果的かということもわからないのではないかと思う。今回は私が会場でこうしたことに詳しい方にたまたま出会えなかっただけで、どこかには効果が検証された結果が存在しているのだと思いたい。そしてそれが経済的な投資に見合うものであってほしい。
一方、高等教育の分野では教科書の電子化のメリットがはっきりありそうだ。教師にとっては授業で使う専門書を小ロットで印刷することが困難になっていること、特に内容の変化が激しい分野では、従来のように一度に数年分の必要部数をまとめて印刷しておき、毎年、出荷するということもできない。そこで、専門書を電子書籍にすることで、購入にあたっての学生の経済的な負担を減らし、教師も毎年、教材を改定できるという効果があるという。また、学生は分厚い専門書を持ち歩かなくてもよいというメリットがあるという。さらに、学校にとっては電子教科書という“先進的なシステム”を導入しているとアピールすることで、受験生を集める上でも重要なマーケティングメッセージになっているというわけだ。
つぎに、電子図書館は「書籍の電子化によって、物理的なスペースが削減できる」ということを説明資料上でアピールしている例があったが、実際には印刷版の書籍の購入をやめるわけではないのが現状のようだ。したがって、ここで挙げたメリットはまさに机上の空論にとどまっているといえる。米国ではすべて電子書籍化した公共図書館がオープンしていて、建屋にかかる費用が削減され、さらに貸し出しにともなう管理業務が減少したことで、大きな経済的なメリットが得られたとしている例も出てきている。日本では電子図書館はまだまだビューアの実装段階にあって、図書館としてのモデルは構築されているとはいえない段階だ。日本なりの課題を明確にして、それを情報技術で解決するという目標が必要だろう。
また、図書館が電子書籍を蔵書するためには、同時閲覧可能なライセンス数と同数の印刷版書籍の価格で購入をしているようだ。厳密には割引などもあるようだが、1冊分を購入して、無制限の閲覧ができるわけではなさそうだ。米国ではかつて、1ライセンスについて貸し出し回数の上限があったが(プリント版であれば、貸し出し回数で劣化するため)、現在のところは日本ではそうした制限はなさそうだ。
こうした状況にある日本市場に向けて、図書館の配信システムにも“黒船”がやってきた。この展示会の会期直前には電子書籍配信プラットホーム企業であるメディアドゥ社が米国の図書館向け電子書籍配信プラットホーム企業大手のオーバードライブ社と資本を含めた提携を発表した。特に、オーバードライブ社が扱う海外の電子書籍を日本向けにも配信することも計画されているようだ。いまや市場は国際化していて、標準技術によるオープン化も進んでいるので、それを踏まえた戦略を持たないと、“知識の集積”としての図書館がガラパゴス化してしまう可能性も感じる。こうしたことへの取り組みが今後の課題だといえるだろう。
■OnDeck weekly 2014年5月29日号掲載