オーバードライブとスクリブドがやってくる〜第21回東京国際ブックフェア&第18回国際電子出版EXPO
2014年7月8日 / レポート
text: 中島由弘(Yoshihiro Nakajima)/OnDeck編集委員
2014年7月8日
2014年7月2日〜5日まで、東京ビッグサイトでは東京国際ブックフェア(主催:東京国際ブックフェア実行委員会/リードエグジビションジャパン)と国際電子出版エキスポ(主催:リードエグジビションジャパン)などのコンテンツビジネスに関連するイベントが併催された。今年の出展社数は1530社、来場者数は62855名と発表されている。
出展をしているのは、出版各社のほか、楽天koboをはじめとする有名電子書籍書店、大日本印刷、凸版印刷といった企業が各種デジタルメディア事業、さらに、決済システム、ファイル変換、コンテンツ電子化、コンテンツマネジメントシステムなどの出版社や制作会社向けの出展が目につく。一方で、最大シェアを持つアマゾンは今年も出展していない。
メディアドゥがオーバードライブやスクリブドと提携
今年の電子出版、電子書籍に関連する出展で注目すべきは間違いなくメディアドゥだろう。メディアドゥは携帯電話向けの着うたサービスのコンテンツ配信事業から電子書籍などのデジタルコンテンツ配信事業へと業態を拡大してきた。そして、2013年春には巨大なユーザーを抱えるLINEマンガへの配信事業者になり、2013年11月20日にマザーズ市場に上場を果たしたことで業界の注目も集まった。
一般的に、電子書籍配信事業者(電子書籍取次)の役割とは、複数の出版社の電子書籍ファイルを預かって配信用サーバーに保存し、そのファイルを電子書籍書店向けバックエンドシステムともに提供し、電子書籍を読者に配信するというものだ。出版社としては電子書籍配信事業者と契約をすれば、一度に多数の電子書籍書店で露出されるチャンスが増えるというメリットがあり、電子書籍書店としては電子書籍配信事業者と契約をすれば一度に多数のコンテンツを扱い始めることができるというメリットがある。
現在、メディアドゥではLINEマンガ以外にも、iBooks、honto、Reader Store、Kinoppy、楽天kobo、eBook Japanなど大手をはじめとする多数の電子書籍書店への配信をしている。メディアドゥを通じて配信している出版社は大手出版社をはじめとする600社以上、タイトル数は合計15万冊以上になるとしている。また、配信だけにとどまらず、出版社に対しては販売実績データや分析レポートなどの報告も提供される。こうした事業を営むメディアドゥの次なる一手が2014年5月に発表した米国オーバードライブと2014年7月に発表した米国スクリブドとの提携である。
写真1:メディアドゥ社取締役事業統括本部長/溝口敦氏
オーバードライブは電子図書館配信の“黒船”
オーバードライブ社は世界で約30000(そのうち、米国では約18000)の公共図書館や世界7500校の学校図書館に対して、電子書籍を配信している図書館向けの配信事業者である。特に、米国では90%のシェアを持つ。図書館向け電子書籍の配信事業はオーバードライブが開拓した市場といってもよいだろう。現在、出版社約5000社、タイトル数100万以上をもち、月間1200万回の貸出と43億ページビューがあるところにまで成長した。こうした日米両社のシステムをつなぐことで、日本の電子書籍を海外の図書館向けに配信できるようになり、海外の電子書籍を日本の図書館向けに配信できるようになる。
電子図書館向けのシステムは日本でも先行しているサービスがあるが、その多くは配信システムの開発に重点が置かれ、すぐに配信可能な電子書籍の量には限界があるようだ。メディアドゥはすでに国内の15万タイトルを扱い、さらにオーバードライブとの提携によって、海外の電子書籍も扱える。図書館では必要であれば、洋書までも一挙に蔵書できる。これは公共図書館はもとより、大学図書館にとっては魅力だろう。また、日本の出版社としては海外在住の日本人向けに電子書籍を配信したり、海外市場に向けてコミックのような日本ならではのコンテンツを配信したりできる。
米国の図書館向け電子書籍配信はこれまでに紆余曲折があった。図書館で電子書籍を無料で貸し出すと、一般市場で本が売れなくなるのではないか、特に電子書籍を買うということと、電子書籍を図書館で借りるということの区別がつかなくなり、結果として電子書籍の小売市場を圧迫するのではないかというものだ。当時、大手出版社のペンギンなどは図書館向けの配信を取りやめたことで大きなニュースとなった。その後、1冊あたりの貸出回数を制限するような貸出ルールを工夫するような試行錯誤もしてきた。現在では、書籍1冊あたり、小売価格よりも若干高めの価格で仕入れて、1つの電子書籍ファイルに対して、同時に借りられるのは1人にするといった条件をつけている。また、仕入れ価格を抑える代わり、貸出回数や期限を制限するモデルなども選べる(なお、教材用には同時利用人数を設定できるモデルもある)。いずれにしても、プリント版の書籍と同じように、誰かが借りているときは、すぐには借りることができない。しかし、すぐに読みたい人のために、電子書籍書店への誘導ボタンをつけて、購入を促してもいる。
こうした施策が奏功して、図書館は電子書籍のディスカバラビリティーというマーケティングソリューションを提供する場だと認識されるようになってきた。読者への本のおすすめ、いわゆるリコメンデーションのみならず、図書館司書には蔵書購入のリコメンデーションをしたり、地域ごとの貸出トレンドをレポートとして各社に提供したりするという。こうした従来の図書館の役割を拡張して位置づけることによって、図書館向け配信が市場に定着してきたという。オーバードライブの創業からこの事業に携わる図書館営業責任者のマイク・ションツ氏は「出版社からも図書館からも理解が得られるまでには大変に苦労をした」という。さらに、「どのような時代であっても、お客さまの要望に応えるサービス業だと発想を転換していけたからこそ、こうしたプラットホームが実現できている」と、事業者、出版社、図書館がWIN-WIN-WINの関係を構築できていることを語った。
日本で“配信システム”というと、どうしてもハードウエアにソフトウエアをインストールし、ネットワークにつなぐという意味でのシステムに注目しがちだが、図書館システムの場合は、コンピューターシステムだけでなく、いかに豊富なコンテンツが将来的にも安定的に供給され続けるかどうかということが重要になる。内外のコンテンツを予算に応じて蔵書できるオーバードライブとメディアドゥの提携は他の電子図書館システムよりも先んじている提携関係だといえるだろう。今後、出版社は著作権者との間での図書館向け配信や海外向け配信にあたり、条件面での合意を形成していくことで、日本でも出版物の図書館流通が促進されることが期待される。
写真2:オーバードライブ社図書館営業責任者/マイク・ションツ氏
スクリブドは日本市場にサブスクリプションモデルを定着させるか?
今回の東京国際ブックフェア、国際電子出版EXPOに合わせて、メディアドゥが発表したのが米国スクリブドとの提携だ。スクリブドは「文書(ドキュメント)におけるYouTube」というコンセプトで、本を含むさまざまなドキュメントをサーバーで公開し、ユーザー同士で共有するサービスだ(参考:“文書版YouTube”米Scribd社Adler社長インタビュー〜文書共有サービス「Scribd」のビジネスモデルと今後の展望<INTERNET Watch 2010年1月25日>)。
そのスクリブドは2013年秋にサブスクリプション型購読サービスを開始した。同時期にオイスターやエンタイトルといった競合となる複数の企業がサブスクリプション型購読サービスを開始したことから話題となったビジネス形態で、出版各社は既存の流通への影響を懸念しつつも、今後の可能性にも注目しはじめている。すでに、動画や音楽の配信ではネットフリックスやスポティファイといったサービスがサブスクリプション型のサービスを提供して成功を収めたことで知られているが、まさにこれを出版物にも適用するのがこのサービスだ。最近では、サイモンアンドシュースターやハーパーコリンズという大手出版社がスクリブドとの取引を始めたことで、今後の出版業界に対しての影響も大きいと思われる。
スクリブドのサブスクリプション型購読サービスは月額8.99ドルで、あらかじめ用意されている電子書籍40万タイトルが読み放題になる。サブスクリプション型購読サービスと購入の違いは退会すれば読めなくなってしまうことだ。
このサービスの大きなメリットはわずかな月額料金で自由にアクセス可能な本棚ができるということだ。一般的な電子書籍書店では、興味ある本を見つけたとき、たとえワンクリックで購入ができるとしても、目次や価格を見て、本当に買う価値があるかどうかを考えるという心理的なハードルがあるといわれている。出版社や電子書籍書店にとっては、そこでせっかくの消費者を逃してしまっている可能性もある。しかし、定額サービスであれば自分の本棚のように、自由に中身を閲覧できるという安心感がある。もし、退会後も手元に置いておきたいと思う本があれば、プリント版なり、電子書籍版なりを購入をすればよいというわけだ。ちょうど図書館と似たディスカバラビリティーのメリットがあるともいえる。出版社は閲覧された回数などの記録により、あらかじめ定めた収益分配を受ける仕組みになっている。出版社からみると、いままでは消費者が購入に踏み切れなかった分野の本に対しても、潜在的な読者層が気軽にアクセスできることによる読者層の拡大を促進するとともに、将来の安定的な読者になってもらうことで、新たな収益の機会を得ることができるというモデルだ。
さらに、出版社にはどのような本を読者が閲覧しているかという分析レポートも提供される。いままでの出版流通からは得られなかった重要なフィードバックにもなる。動画配信をしているネットフリックスでは視聴者がどの動画のどのあたりを見たかなどの記録を統計処理により分析し、新たなコンテンツ作りに役立てることに取り組んでいる。いずれ出版企画や編集でも、こうした消費者の行動履歴データから、企画や編集が行われる時代がやってくるのだろう。一方で、読者にとっては、出版物にはエンターテインメント性だけでなく、思想信条などが反映するような情報が含まれているとして、読書履歴を補足されることについて懸念する人もいる。もちろん、情報は匿名での分析が行われるということと、そもそもウェブの閲覧などでは年を追うごとに高度な情報収集と分析が行われていることを考えると、時代とともにその受容性は高まっているといえるかもしれない。
今回のメディアドゥとスクリブドの提携では日本のコンテンツを8000万人のユーザーがいる米国のスクリブドのプラットホーム向けに供給することだ。ただし、配信が開始されるまでには、商圏や印税分配などの条件についての調整が必要で、それはそれぞれの出版社と著作権者の意向による。今後は出版各社に営業活動をすすめ、合意形成をしながら事業を展開していくという。いますぐに日本市場向けのサブスクリプション型サービスが開始されるというわけではないようだが、これがきっかけとなって、出版社や著者の合意形成が進み、日本向けサービスも開始しやすい環境に向かうことも期待できる。
参考: “文書版YouTube”米Scribd社Adler社長インタビュー〜文書共有サービス「Scribd」のビジネスモデルと今後の展望(INTERNET Watch 2010年1月25日):http://internet.watch.impress.co.jp/docs/special/20100125_344284.html
写真3:スクリブド社ビジネス開発ディレクター/ラマ・サダシバン氏
海外ベンチャーの日本参入は増えるのか?
米国で成功を収めたオーバードライブやスクリブドが日本市場へ向かっているように、これからも米国の電子出版分野の企業が日本に上陸をするだろう。もちろん、デジタル技術によるさまざまなサービスは日本でも開発されているが、先行市場である米国からも勢いのあるスタートアップ企業がやってくる。もはや「やってくる」という表現は当たらないのかもしれない。日本に法人がなくても、日本語にローカライズされたサービスを海外から提供している企業は多数ある。それと同じ状況が出版業界でのビジネスにも起きるということだろう。これまでは特にシリコンバレー型ベンチャービジネスとは無縁だった日本の出版業界も、だんだんと“相容れない”カルチャーの企業と取引をしたり、パートナーになったり、競合していかなければならない時代になったのだ。
もちろん、米国の成功体験だけで日本でのビジネスが成功するわけでもない。一方で、日本独自のサービスだからといって“ガラパゴス化”だと片付けるのも違う。閉鎖されている“業界”で安住するのではなく、いかに国際市場でうまく対応していけるかということだろう。国際標準技術を採用することの重要性、出版契約などの国際市場や新流通と決済への対応、編集から営業までの標準技術によるシステム化などが課題となるのではないだろうか。一方で、こうした流れに乗れれば、マイナス成長が続く日本の市場にとどまることなく、海外へ拡大できるチャンスがある。来年の東京国際ブックフェア、電子出版エキスポではもっと多くの国際企業が出展して様相が変わっている可能性もある。
■OnDeck weekly 2014年7月10日号掲載