[編集長コラム]米国電子出版:「セルフパブ躍進|大手出版社凋落」の意味すること
2016年2月26日 / 電子メディア雑感
本誌のニュースでも紹介していますが、オーサーアーニングス(Author Earnings)が発表した、米国の電子出版市場の調査結果は斬新なものでした(以下はEbook2.0 forum 鎌田博樹氏の翻訳記事)。
http://www.ebook2forum.com/members/2016/02/latest-author-earnings-report-shows-expanded-vew-of-the-market-1/
それによると、これまで停滞していたように見えていた米国出版協会(AAP)などの調査はISBNがない書籍を含んでおらず、それらを含めると米国の電子出版市場は順調に成長しているということです。その牽引役はセルフパブリッシングで、逆にビッグ5といわれる大手出版(ペンギン・ランダムハウス、アシェット、ハーパーコリンズ、サイモン&シュスター、マクミラン)は大きく落ち込んでいる、という驚きの内容でした。
それとこの調査は、アマゾンの各書籍ページで表示されるランキングや販売価格をクロールし、アルゴリズムにより全体の販売部数や売上を算出している点でも注目に値します。何と、その誤差は1%以下だというから驚きです。ちなみに、この手法により、アマゾンKindleの1日平均の売上は575万ドル、年間では21億ドルと推定しています。これは初めて世に出た数字です。
さて、この結果は何を意味するのでしょうか。
「ビッグ5が価格低下を嫌って電子書籍を値上げしたのが原因だ」などと言われていたわけですが、それだけではビッグ5の凋落は説明できても、セルフパブリッシングの躍進は説明できないでしょう。私はこの結果をみて、これまで何度か見てきたインターネットがもたらす、もっと本質的な力学の変化を感じました。
私は、インターネットが革命(権限の移動)をもたらす本質は、煎じ詰めると以下の2つだと思っています。
A.発信者から利用者への権限の移動(誰でも発信者になれる)
B.限りなくゼロに近づくトランザクションコスト
今回の現象は、この2つによって説明できます。大手出版(発信者)は減少し、著者自らが出版するセルフパブリッシング(利用者)が増加したのはAの力によるもので、それを経済的に可能にしたのはBの力ではないでしょうか。大手出版社は、トランザクションコスト(この場合は、企画決定、契約、制作、出荷、販売、印税処理など出版に必要なすべての取引にかかるコスト)を下げることができず、結果、価格を下げることができず凋落していったと言えると思います。
もっと端的に言えば、ITを積極的に活用した方法と、していない方法の差が出てきたのではないでしょうか。
米国と言えども、従来型出版社(または出版産業)はITを積極的に利用してはこなかったと聞いています。このことは、米国よりも日本のほうがもっと深刻だと感じます。この波が日本に押し寄せた時、日本の出版産業はさらに大きなダメージを受けることになるでしょう。
ところで、この調査結果から一足飛びに出版社不要論を導いたり、セルフパブリッシングの会社を起業しようとするのは早計だと思います。日本では、コミックやラノべなどで、すでにセルフパブリッシングに近い状況が生まれています。また、実用書や専門書などでは今後も編集者が必要だと思われます。それは、今回の調査結果において、中小出版社のシェアが落ちていないことからも推測できます。
はっきり言えるのは、インターネット時代においては出版産業も他産業と同様にIT化が急務であり、怠たると新興勢力にパイを奪われるということでしょう。今回のアルゴリズムによる調査は、ITの力によって従来型の調査を凌駕したもので、それ自身がこのことを象徴する事例にもなっていると思います。
インプレスR&D発行人/OnDeck編集長 井芹昌信
※この連載が書籍になりました。『赤鉛筆とキーボード』
http://nextpublishing.jp/book/6865.html