「場具」
2015年1月22日 / 電子メディア雑感
先週のこのコラムでは、一般書籍の電子化の進展が弱いことや人工知能による企画・編集領域への浸透が始まった話をしました。今回は、インターネットと編集についてもう少し掘り下げてみたいと思います。
皆さんは、「場具(ばぐ)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。おそらくは初耳の方が多いことでしょう。この言葉は、いまは武蔵野美術大学の今泉教授がインターネットマガジンのコラムニストだった頃(インターネット黎明期)に作られた言葉です。字の通り、場具とは場を創り出すための道具または装置のことなのです。
そもそも「場」とは何でしょうか。辞書では「ある事が行われる所」と説明されていますが、物理の世界では「ある力の影響を受けている空間」という言い方もされています。日常の使い方では、「場」と「場所」は区別して使われていて、「場」はそこでの人間関係が作り出す雰囲気などのことを表してもいます。なかなかむずかしい言葉ですが、私のここでの解釈は「あるルールが機能していて、それをよしとする人々が集い、何かを行う空間」としたいと思います。
実は、昨今はやってきた多くのインターネットサービスは、この場具に相当すると言えるのです。たとえば、2ちゃんねる、YouTube、facebook、Skype、Googleドライブ、LINE、・・・しかりです。いずれもソフトウェアにより、書き込みや発表のルールが規定されていて、ユーザーはそのガイドラインに沿ってコンテンツを作り、発表し、共有しています。つまり、ソフトウェアが「場」を作り出しているというわけです。10年ほど前に「Web2.0」という言葉がはやったことがありましたが、それとも近い概念です。この概念を、さらにその10年くらい前に提唱された今泉氏には敬服します。
なぜ場の話をするかと言うと、本作りには場が発生していると思うからです。何かの目的で企画された本は、その使命を達成するために、本のルール(目次や章やレイアウトなど)のもとに作業が進んでいきます。つまり、先の場の定義に照らせば、本を作るという目的やルールが場を作り出し、大きな力を与えていると思えるのです。その証拠に、ある目的で企画された本によって作られた場は、競合関係にある企業の壁を超えることができるし、政治、ビジネス、教育などの立場の壁も超えることができます。実際に、そういう別々の立場の方々が共著になり、志を同じくして発行された本をたくさん見てきました。
出版の電子化で言えば、結果としての本は電子化されましたが、それが作られる過程の場についてはほとんど手付かずの状況だと思います。出版の電子化は、この「場の電子化」まで踏み込まなければ本格的に革新されないのではないでしょうか。
ちなみに本の場は、出版した後でも、目に見えない形でその力を持ち続けていると思います。本を囲んでの議論や読書会が成り立つのはそのためだと思うし、本棚が何らかのメッセージを放つのもそれに関係していると思っています。いまの電子書籍は、この場を作り出す力が紙の本に比べ弱いように感じます。それは、生成過程(場)は従来通りのリアル世界で行われていて、結果だけが電子という形に泣き別れているからではないでしょうか。
インターネットは日進月歩で場具を作り出し、多くの人々を引き付けています。出版の電子化においては、これらの場具を利用または協業することで、本の企画から議論、そして執筆、編集、制作まで電子の場で行うことが次の課題ではないかと思えます。まだ道のりは長そうです。
OnDeck編集長/インプレスR&D 発行人 井芹 昌信