特別寄稿 ボイジャー萩野社長が語る“本の未来”~大きな変化は、案外直前まで分かっていない

2013年6月17日 / ニュース

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text: 株式会社ボイジャー 萩野正昭/代表取締役社長

2013年2月に出た「マニフェスト 本の未来」には、出版の未来を示唆する数々のトピックが幅広く語られています。しかしながら、あまりにも対象範囲が広いことから、どこから読めばいいのか迷ってしまうのも事実。今回は、出版元であるボイジャーの萩野社長に“読みどころ”を紹介していただきました。(編集部)

電子出版とはなにか簡単に教えて欲しい………さすがにこういう質問を受けるシーズンは過ぎました。ちまたで何のお仕事ですかと質問されて、電子出版ですと平気で答え相手も平易に受け流す場面がおおくなったのです。ここで引っ掛かると、かつては至難の業でした。話せば話すほど、相手は顔を歪めました。けっしてわからないとはいいませんが、みればわかりたくない気持ちが十分つたわります。関係ない、必要ないと。このイヤな状況から一応抜けでた地点にいま私たちは立っています。
アマゾンや楽天という書店、iPhoneや各種各様のデバイスが導入されました。宣伝がテレビで流れれば鼻歌にものぼり、新聞や雑誌で騒ぎ立てられれば人の心の戸が自然と開いていきます。大声から囁きまでみなさんのお陰です。こうした物量作戦で様相が一変していったのです。
その頃合いに『マニフェスト 本の未来』の日本語版が出版されました。
反応は大きくわかれました。すごい、素晴らしい、と反応してくださった人が多くいたことは事実です。ただ手前味噌になりますので、この反応については後に譲りましょう。
まるで両極端に、難しい、よくわからないという人がかなりいたことは事実です。そして、非常に不可解でもあったのですが、どこが新しいの? こんなのすでに聞いた話じゃないのか、という反応があったことです。確かに耳聡い昨今のネット情報の往来に立てば、『マニフェスト 本の未来』で語られるいくつかは知らないことではなかったかもしれません。でも、それら言の葉の一体何がわかっているというのでしょうか?

ここで共通認識として、日本の電子出版においてこれまでにハッキリわかった事柄を簡単に整理してみようとおもいます。

  1. いまやデジタルで作られない本はない。みんなコンピュータで書いている。
    ※創作のデジタル化
  2. データはすべてデジタルで動いている。編集者へ、デザイナーへ、印刷所へ。
    ※製造工程のデジタル化
  3. データは電子出版フォーマットに格納され、目的とする閲覧端末仕様に加工される。
  4. EPUB 3は配信フォーマットとして、また中間フォーマットとして定着してきた。
  5. 加工は専門業者に委託できる。自分でやろうと思えばできる環境も整いつつある。
  6. 販売用ファイルを受託し、書店へ卸し、売上管理する電子本取次サービスが存在する。
  7. 書店はアマゾン、グーグル、アップルという海外勢が上陸している。
  8. 国内勢もYahoo!、紀伊國屋書店、BookLive!、honto等々が存在する。
    ※ソニー、koboは海外勢ではないが国内勢と言うべきか微妙
  9. 書店は閲覧端末ごとにビューア・アプリを提供、読者は対応アプリを準備する。
    ※Yahoo!だけはWebブラウザをビューアとするのが主流
  10. 読書端末は広く普及したスマートフォン、タブレット、電子ペーパー、PCがある。
  11. Wi-Fi環境は地下鉄にも浸透し、スマートフォンはテザリングを保証しはじめている。
  12. 出版社は、もはや電子本導入を積極化させ、ここから収益を期待している。
  13. 電子化を黙々と実行した青空文庫1万2000作品が社会資本として備わっている。

このへんで止めておきましょう。ざっとご覧になった範囲でも電子出版の基盤は確立したと感じられるはずです。この基盤の上に、今後何が試みられ何が生まれていくのか見ていかねばなりません。
現状では出版社が紙の本を電子スクリーンに移しているだけです。これは、アナログ(モノ)からデジタルへ移行する過渡期のものです。幼児期の一時において必要となるハイハイからつかまり立ち歩きのようなものでしょう。長い時間をかけてメディア技術は、これまで考案されてこなかった新しい表現形式を生み出していくはずです。これを考えておく必要があります。これからの時代を進む上でおさえておかねばならない観点を明示しようとしたのが『マニフェスト 本の未来』だったのです。
イントロダクションを含め28の論考が収録されています。頭から読んでも、ランダムに拾い読みしてもいいのです。一つ一つの論考はそれほど長いものではありません。ですからこの手の本を全巻通読する気持ちの負担は軽減できます。難しい、よく分からない、そう言った人は興味を感じるところからスタートしてください。必ず強い印象で心をたたいてくる部分があります。なぜなら、この本を書いた人たちはみんな実践してモノを書いているからです。大学の先生や評論家ではないのです。自分の力で汗をかき、傷ついて、それでも手放したくない希望をつかもうとした人たちです。出版に心を傾ける人であるならば、取っつきがたいというだけでこれを素通りしていいものか、よく判断してください。
大事なことは、私たちに電子出版の基盤が与えられつつある状況で、まだまだ手のつけられない広大な可能性があるということです。これからが正念場なのです。それが何であるのか私たちはまだほとんどわかっていません。「どこが新しいの?」と言った人はよく胸に手をあてて考えてみてください。誰かが言った言葉を知っていることじゃない。それを耳にして終わりにしているだけなら可能性を引き出す当事者にはなれないでしょう。

(左)ターヘル・アナトミア(オランダ語版) 慶應義塾大学学術情報リポジトリKOARA-Aより許可を得て転載(http://koara-a.lib.keio.ac.jp/)(右)解体新書

(左)ターヘル・アナトミア(オランダ語版) 慶應義塾大学学術情報リポジトリKOARA-Aより許可を得て転載(http://koara-a.lib.keio.ac.jp/)(右)解体新書

賞賛してくださった人の中で、『ターヘル・アナトミア』を引き合いに出して『マニフェスト 本の未来』を論じた人がいました。学校の試験を思い出しますね。そうです、江戸時代、杉田玄白、前野良沢らが蘭学知識を頼りに翻訳した『解体新書』です。人間の臓器の正体でさえ、当時の医学は正確にはわかっていなかったのです。それを突き止めるために彼らは必死になり、入手できる蘭学の手掛かりを繰るように翻訳に取り組みました。果敢に挑戦したという言葉がピッタリでしょう。この「果敢」がなくてなにができるというのでしょうか。
時代はとうに経ていますが、わからないことは今でも多岐に存在し、解明に挑む若い力を必要としていることは何一つ昔も今も変わってはいないはずです。『マニフェスト 本の未来』を語る上で『解体新書』を思い起こさせてくださったのは、この上もない喜びでした。
いくつもの闇があり、それを乗り越えてまた新たな闇を経験しているのが電子出版の今でしょう。果敢なチャレンジを忘れることがあってはなりません。

『マニフェスト 本の未来』
発行ボイジャー
電子版1050円
紙版2940円/ソフトカバーA5判352頁(税込)
http://bit.ly/od_h
http://honnomirai.ebookplace.jp

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