デジタルブックワールド2014報告:第3回 米国の高等教育における電子書籍事情〜市場規模と市場デマンド

2014年2月12日 / レポート

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text: OnDeck編集委員/中島由弘(Yoshihiro Nakajima)

前号に掲載した連載2回目では米国の高等教育市場における学生の教科書の購入行動についてまとめたが、今号では市場規模などの背景について、主にニールセン社のセッションからレポートをする。日本でも教科書市場の電子化は期待されている分野であるが、米国では日本とは異なる市場背景から、学生の切実なデマンドが電子教科書市場への期待につながっていることも垣間見ることができる。

学費の上昇が学生のコスト意識を高めている

 米国における高等教育のコストは大きく上昇をしている。資料1は1978年を100としたときの年次でのコストの増加を表している。これによると、学費は毎年大幅な上昇を続けていて、直近の10年間で見ても倍近くにまで上昇をしている。さらに教科書や消耗品の費用も右肩上がりとなっている。一方で、家賃はいわゆるリーマン・ショック後に低下しているものの、賃金の上昇には変化がない。すなわち、高等教育を受けるために、年を追うごとに経済的な裏付けを強く求められていること、そして学生はコストに対してシビアになっていることは想像に難くない。こうしたことも、使用済み教科書を売買したり、レンタルしたりと、少しでも安価に入手することを模索する背景があると思われる。

資料1:米国の高等教育における費用の推移

資料1:米国の高等教育における費用の推移

教科書市場は減少傾向

 ニールセン社は高等教育向けの教科書市場についてPubTrack Higher Edという調査結果を発表している。これは店頭のPOSデータをはじめ、オンライン書店の売上などの多様なデータを元にして、教科書市場全体の動向を捉えようとしているもので、デジタルブックワールド(DBW)2014コンファレンスではその一部が発表された。
 それによると、教科書市場は2012年に125億1300万ドル(約1兆2000億円)と増加傾向にあったものが、2013年には116億1000万ドル(約1兆1000億円)減少に転じている(資料2)。

資料2:米国の教科書市場規模の推移(出典:ニールセン社)

資料2:米国の教科書市場規模の推移(出典:ニールセン社)

 教科書出版社のシェアでみると、ピアソン社が圧倒的なシェアをもち、センゲージラーニング社、マグローヒル社、マクミラン社、ジョン・ワイリー社と続く(資料3)。余談であるが、電子教科書のファイル形式として、電子出版の業界団体であるIDPF(International Digital Publishing Forum)とピアソン社がEDUPUBという仕様の策定にあたってリーダーシップをとっているが、市場シェアからみてもその影響力が大きいことがわかる。
 さらに、教科書の分野としては、数学、英語、生物化学、心理学、コンピューター情報科学となっている(資料4)。

資料3:米国の教科書出版社のシェア(出典:ニールセン社)

資料3:米国の教科書出版社のシェア(出典:ニールセン社)

資料4:米国の高等教育向け教科書の分野(出典:ニールセン社)

資料4:米国の高等教育向け教科書の分野(出典:ニールセン社)

成長する教科書レンタル市場

 学生がどのようなルートで教科書を入手しているかという調査が資料5である。ここでもamazon.com経由が急速に伸ばしていて、大学書店での経路が明らかに減少をしている。バーンズアンドノーブルなどの大手チェーン書店が大学書店市場で強いと言われていたが、その優位性も失われつつあるということだろう。

資料5:米国の高等教育向け教科書販売でも急激に増すamazon.com(出典:ニールセン社)

資料5:米国の高等教育向け教科書販売でも急激に増すamazon.com(出典:ニールセン社)

 そして、冒頭の教育費用の推移でも紹介したが、高等教育向け教科書の新本の教科書価格は上昇トレンドにある。一方で、教科書の中古市場はそれほどの価格変動はない。さらに中古市場、特に中古教科書のレンタル市場の成長が著しい。これは新本としての教科書の入手にかかるコストが高騰していることから、なるべく安価に済ませたいという学生の生活の知恵からきているだろう。

資料6:米国高等教育向け書籍の価格上昇(出典:ニールセン社)

資料6:米国高等教育向け書籍の価格上昇(出典:ニールセン社)

資料7:教科書レンタル、特に中古市場が強い(出典:ニールセン社)

資料7:教科書レンタル、特に中古市場が強い(出典:ニールセン社)

電子書籍市場が成長し、プリント版市場に影響を与える

 教科書のメディア形態でみると、2013年はペーパーバックが60%、ハードカバーが25%、電子教科書が8%となっている。市場の全体でみると、電子版はいまだマイナーシェアであることを否定はできないが、その成長率はペーパーバックのシェアを奪っているように見える(資料8)。そして、古本の市場が減少して、新本の市場が伸びているが、これは電子教科書の成長率と一致しているという。つまり、古本市場を電子版が置き換えているといえるかもしれない。

資料8:米国の高等教育向け電子教科書のシェアは8%で増加傾向(出典:ニールセン社)

資料8:米国の高等教育向け電子教科書のシェアは8%で増加傾向(出典:ニールセン社)

資料9:古本の市場が減少し、新本の市場が上昇=電子教科書の成長と同期(出典:ニールセン社)

資料9:古本の市場が減少し、新本の市場が上昇=電子教科書の成長と同期(出典:ニールセン社)

教科書を電子化することのメリットを冷静に整理する必要性

 3年ほどまえ、主に米国での電子書籍市場の拡大が報じられ、日本にも“黒船”がやってくるといわれたとき、アマゾン社は「電子書籍は品切れがなく、注文してから届くまでの流通にかかる時間を大幅に短縮することができる」ということをセールストークとして掲げていたことを覚えている方も多いだろう。
 当時よりも、電子書籍を実際に体験した人やすでに当たり前のように買っている人も増えたいま、あらためてこれを思い出すと、そのコンセプトとして非常に練られていたものだと思う。これ以外でも、本を持ち運べる利便性が高い、物理的な書棚での保管スペースが必要ない、インタラクティブ性があること、そしてプリント版よりも安価であることなどと、そのメリットを挙げていけばきりがないが、「品切れなく、注文したその場で手に入る」ということは電子書籍書店にとっての消費者に対する普遍的なアピールポイントである。
 では、これから期待されている電子教科書はどうだろうか。米国では教科書を含む教育費用の高騰があり、学生はなるべく節約をするために教科書を中古でレンタルをすることをはじめ、安価な電子教科書へのニーズが高まりつつあるようだ。さらに、ここでは詳細を紹介しなかったが、教育の方法としても、電子化された教材も合わせて利用した複合的な教育やカリキュラムにそってカスタマイズされた教科書の開発なども進んでいるようだ。
 一方、日本では高等教育市場の背景が米国でのこれとはかなり違うようだ。では、日本の教科書市場での課題や消費者ニーズとはどこにあるのだろうか。まだまだ教科書の電子化のコンセプトについて、十分な理解が進んでいないように思える。
 例えば、米国よりも学生人口が少ない日本では必要とされる教科書の発行部数も当然少なくなるので、従来のように印刷をして配布していたのではコストが高くなるということから、プリントオンデマンド(POD)やデジタル版の配信ということは期待されてもよさそうだが、そうしたメリットがクローズアップされているわけでもなさそうだ。それどころか、高等教育よりも小中高の教科書の電子化、インフラ整備が報じられることが多いようで、むしろ、電子教科書を閲覧するための端末を学生や生徒が購入しなければならなくなり、結果として学生や生徒が負担する費用が高くなることなどなど、“欧米では電子教科書が話題になっているので”という「電子教科書化ありき」のようにも感じる。
 また、主に米国など、海外での高等教育向け教科書や専門書が電子化されると、それを日本の教育現場で利用する場合、さらには日本での専門書を海外に流通させていくうえにおいて、「品切れがなく、注文したその場で入手できる」ということの実現は容易になると思うし、その単価も下がることが期待できる。しかし、既存の出版権契約やライセンス先との契約関係から販売区域が限られるなどの問題も出てくるだろう。
 最後に、電子書籍の輸入・輸出のどちらの場合も、電子教科書のプラットホームの技術的な側面としては、標準化技術と多様なプラットホームへの対応も必要になることも念頭におかないと、今度は教育や知のガラパゴス化を起こす危険もあることに留意すべきだ。
 こうした観点から、電子教科書について、冷静な分析をしたり、日本の実情、世界のなかにおける位置づけなどを考察したりする必要があると思う。

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